透明な涙が頬をつたっていく。 サラレギーは、テーブルに頬杖をつきながら、その雫の行方を眺めていた。 「泣くんじゃないよ、イェルシー」 「サラ」 「死ぬわけじゃないんだ」 なだめるように言う。子供らしくないと、いつも大人たちに評される口調で。 空いている右手をのばし、丸い器にはいった菓子をひとつとった。几帳面に真四角につくられた小さなクッキー。指で自分の唇におしつけて、隙間から舌でなめた。粉っぽい甘苦さだった。 むかいから聞こえてくる声は、涙で震えている。 「でも、もう会えない」 「そうだね」 手にもっていたクッキーを、口のなかに放りこむ。「でも死なないから」 新しい雫が、見る見る目のふちに現れるのを見て、サラレギーはため息をついた。手のひらを頬にあてたまま、首をかしげる。 「どうして泣くの? 捨てられる子供は、お前じゃなくて僕なのに」 言葉をきると、サラレギーは微笑んだ。目がつと細くなる。 「お前は弱い子だよ、イェルシー」 同じ顔なのにねえ。こんなにそっくりな兄弟なのに。 「サラ……」 イェルシーは胸のまえで祈るように指を組み、口をひらいた。 「はなれたくない」 弟の姿をうつす、細めた瞳の奥に彗星がはしる。弟は何も気づかず、せきを切ったように懇願した。 「いやだ、いかないでサラ。ずっとはなれたくない。サラ。サラ―――」 右手を振りおろした。テーブルが揺れ、びくりと弟の肩がはねる。 目をみひらいた弟はサラレギーの笑顔を凝視していたが、それから濡れた視線をゆっくりと下におろした。 「困った子だね」 サラレギーの5本の細い指が、磨かれた白いテーブルのおもてに置かれている。 弟はふたたび顔をあげた。サラレギーの口元からは、笑みが消えていた。 「本当に、どうしようもなく弱いのだから」 沈黙が流れた。 ひとり分の、押し殺したような呼吸音だけがひびく。弟の白い指は固くにぎりしめられ、小刻みに震えていた。 サラレギーは、ふいに微笑み、その沈黙を破った。 「―――でもねイェルシー」 椅子のうえに片ひざをつき、手のひらをテーブルについて身を乗りだした。弟の濡れた頬に、唇を近づける。 「僕はだからこそ、お前がかわいいんだ。こんなにも違う兄弟だから」 長い髪を一房、手にとった。軽くひっぱる。柔らかそうな白いのどが、小さく上下した。 氷をけずって作ったような、透きとおった真円の瞳が震えながらサラレギーを見上げている。年相応の、幼い瞳だ。兄である自分とはちがって。 同じ作りをしていても、こんな目は自分にはできない。 そうサラレギーは思う。 自分より歩みの速い運命に、心乱されおののく瞳は。兄がふるさとを追い出される事実を、ただ哀しみをもって見つめる瞳は。 「愛してるよ……僕のかわいいイェルシー」 弟は睫毛を伏せる。あらたな透明な雫が頬を伝っていくのを、サラレギーは見下ろしていた。 「でも、もう会えない」 「そうだね」 サラレギーは椅子に腰をおろし、ふたたび頬杖をついて、うつむき涙をこぼす弟の顔をながめた。 |